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三浦春馬どこへ

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三浦春馬を考察

三浦春馬が亡くなってから、以前にも増してテレビに興味がなくなった。

コロナの報道にしても、正しいものと誇張しすぎている部分とミスリードしている部分をきちんと見極めないといけない。

慎重に自分でよく考えることだと思う。

三浦春馬の真相にしても時間が経過したからといってやはり核心には辿り着けない。

当然だろう、芸能界という一般社会とは別世界の場所での出来事。

報道される内容にもし規制がかかっていたとしたら?

こちらには何一つ真実は伝えられない。

私は三浦春馬が若い頃からドラマを拝見して素敵だなあと思っていたくらいで、亡くなってから彼の魅力に改めて気づいてのめりこんだ「にわかファン」の分際である。

でもそんな私でも気づいたことがあって。

これは私の個人的な感想であり、事実確認も証拠もないのでただの妄想とスルーしてくださいな。

・・っと前置きだけしといて本題へ。

きっとファンの皆さんなら・・

わかる人にはわかるのではないだろうか。

好きな人の魅力にどっぷりハマりこんだ者だけがわかる直観のようなもの。

ある人に心底惚れ込んだからこそ嗅ぎ分けてしまう本能的なものと言えるかもしれない。

 

ネット上で見られる彼の動画の中で

『初めてのインスタライブ4月5日』

『インスタ100万フォローのお礼』

『「日本伝統文化」についてインタビュー』 

今のところこの3つしか検証していないけれど、にわかファンの私でもわかるほど、これは本人ではない(ように思える)

 

三浦春馬という人物はスーパースターである。

完璧すぎる外見もさることながら中身も一流の男だったと思う。

見ていて飽きないほど美しく、神々しく、キラキラのオーラをまとい、気品にあふれ、肌までもがスベスベで美しい。何ということや、、。あぁ何たること。(あんたが何たることや)

そして色気たっぷりでありながらも爽やかで、とにもかくにも美しい男なのだ。

顔の造形だけではない、髪の毛の質1本1本までが三浦春馬なのですよ。

髪質まで言っちゃったらもう私のオタクっぷりがそろそろ怖すぎ。

彼を見ているだけで吸い込まれそうになる・・画面越しなのに。

いや、彼は決して私のようなどこぞの馬の骨かわからんやつを吸い込もうなんて1ミリも思ってないのに。

彼を一見した人たち皆が一斉に、彼の魅力とオーラに勝手に吸引されていっちゃう自動システムね。

三浦春馬が笑顔になれば、こちらまで言い知れぬ幸せな気持ちにさせられるという癒し効果。画面越しだけどね。

彼の映像にはいつも癒しがある・・・しつこいけど、画面越しであっても関係なく癒し効果はあり。

彼が話し始めると、周囲の空気が変わる。

透明感あるその声や話し方を見ているだけでトキメキの気持ちを与える。

画面越しなのに空気感まで語っちゃってるし。

三浦春馬の愛嬌ある表情や話す姿を見ているだけで、森の奥でマイナスイオンを感じたような、山の頂で心地よい風を感じた時のような、なんともいえない癒しを感じてしまうほど。

画面越しでもこちらをそんな風に変容させてしまう三浦春馬の魅力。

これはもはや無意識の部分で、彼の生まれ持った天性か、はたまた芸能人のオーラなのか、しつこいけれども画面越しであってもその破壊力たるやすさまじい。

だからこそ、ある時気付いてしまったのだ。

いち視聴者として、いちファンとして彼の動画をオタク魂全開で堪能していくうちに、気付いてしまったのだ。

彼の動画には、癒される動画と癒されない動画が存在することに。

癒されない動画というか、違和感を感じて脳が急にフリーズしてしまう感じ。

そう感じてしまう動画のほうの三浦春馬は一体何なんだろう、誰なのだろうと。

でも画面の中のその人物は三浦春馬だと名乗り、話し続ける。

三浦春馬だと言うその人物が三浦春馬ではない気がすると私の脳は判断してしまうものの、やはり三浦春馬として存在する人物の映像。軽くパニックだった。

今は映像技術が非常に向上している。

最新の映像技術を駆使すれば、特定の人物の顔と声に変換してなりすまし動画も作れてしまう時代になってきていると聞くじゃないか・・。

きっと今の技術ならそんな映像技術、朝飯前のちょちょいのちょいの余裕のよっちゃんなんだろう。

それとも何か?世の中には自分に似た人物が3人いるとか言うあれか?

そっくりさん的な?

でもたとえ、すごく似ていたとしても中身は全然違うし、生きてきた人生が違う、経験がすべて違う、となると脳みそが違うということだ。

いくら三浦春馬に似せようと寄せようとも、しぐさや表情、癖、身ぶりをどんなに真似ようとも、三浦春馬が醸し出す神々しい雰囲気や美のオーラ、色気や佇まい、空気感までは決して三浦春馬以外には作れない。

もし最新の映像技術を駆使してどんなに顔や声が三浦春馬になっていても、元が三浦春馬ではないので佇まいが三浦春馬ではなくなるのだろう。

髪の質も違うのだ。あーぁ、実際に会ったこともない人の佇まいや髪質まで語っちゃたよ。。

けれど画面越しでずっと見ているからこそわかってしまうこともある。

彼をただ純粋に好きだったファンだからこそわかるものもあるのだ。

ファンの目は節穴ではないのだ。

では、その癒されない、違和感を感じる動画の三浦春馬は一体何なのだ、誰なのだということになる。

そして一体なぜ、どんな理由で何のために?

夜中に三浦春馬の癒される動画と癒されない動画を交互に見ながら私の脳はだんだんバグってくる。

誰にも答え合わせしてもらえないモヤモヤに、しばらくは悶々と眠れない夜を過ごしてしまいそうだ。

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